【音楽コラム】 NHK朝ドラ「エール」古関裕而の音楽の楽しみ方 1

朝ドラの「エール」については放送開始の頃はちゃんとその日の三回ある放映の時間(朝・昼・夜のいずれか)に観ることができたのですが、コロナ禍生活で時間はあるのに自由気ままな生活の中で放映の時間を忘れちゃうので仕方ないのでNHKのオンデマンド(有料)に入り直して42話まで観ました。

コロナの影響で今現在(9月8日です)は再放送で、9月14日から放送再開ということで楽しみにしておられる方も多いでしょう。私もそのひとりです。

音楽を中心としたドラマなので生徒さんから「あのシーンのあの曲はなんなのでしょうか?」など質問もあるのですが古関裕而以外の音楽ももちろん出てくるわけでやっぱり観ないわけにはいかないですね。

今までの放送の様々なシーンと時代背景、楽曲の解説などを書いていきます。

(1話で出てきた長崎の鐘をオルガン動画 ドラマの中に出てくるものと同じヤマハの足踏みオルガンでの演奏)

双浦環 こと 三浦環の登場

ドラマの中で双浦環こと三浦環がオペラの配役オーディションで「音」(裕而の奥さん)の歌を聞いて彼女に言ったのは

「あなたの歌は自分だけが楽しんでいて何も伝わらない」という言葉。

声を出すこと。譜面通りに歌うこと、それだけではオーディションで役をつかむのは難しいのです。

オペラのアリアはオペラ全体の筋を理解することが必須で、具体的に音に理解させるために「喫茶バンブー」の夫妻(裕而夫妻の住まいはバンブーの隣)と裕而によって「椿姫」の物語ダイジェスト版が演じられます。

音は本も読んでみたりして、今の自分の生活とは違う世界をひろげていくことを。本は想像力を膨らませるトレーニングにいいですね。

カフェの女給さん!まで体験してみる。妻を送り出したものの、裕而は心配で心配で・・・・

音楽というものは一曲ただ譜面通りに演奏するだけではなくてそこに感情をこめたり、イメージが大切になってきます。

普段の生活の中でも感じることが演奏に反映されることはあると思います。

食べることや作ることで、そのわくわく感や、美味しいものを味わった気持ちとか目で見て美しい色合いとか。

美しいものを見る。感じる。景色、花、木々、風、その他さまざまなこと、そのときの感情などが演奏に結びつきます。

それが結びつくまでには時間がかかるので日々そういったことを積み上げていくことなど、声を出す練習以外に必要となります。歌に限らず「cantabile」(歌うように)演奏するためには。

ヒット曲「船頭可愛や」

「船頭可愛や」ですが、最初は音丸(藤丸)の歌で発売。
その後三浦環が歌って発売。当時のクラシックのオペラ歌手が歌ってレコード発売。

このドラマでこの曲が流れると「歌ってみたい」と言われることが多くなりました。

いろんな歌手の方が歌っており、「音丸」「三浦環」「美空ひばり」などで聴いてみるとそれぞれの個性が違って興味深いです。

また、「ミュージックティーチャー」先生もコロンブスレコードの新人オーディションを受けに上京。
オーディションではこの「船頭可愛や」を歌いますが残念ながら落選。
この方は実在の人物ですか?というご質問もありますが、ドラマだけのようです。(ただ、女性で似た感じの人物はいらっしゃったようです。音の先生の声楽家・ベルトラメリ能子さん)

ドラマと並行して本も読んでみると

古関裕而の本を買った時に帯に少し驚いた。何故かと言うと「古関裕而は忘れられた作曲家である」と書いてあるからだ。

私たちは歌の会では必ず「長崎の鐘」それから「君の名は」などを日常的に歌っているから忘れると言う事は無い。「栄冠は君に輝く」も年に何回かは聴く機会がある。でも、それはどちらかというと年齢が高めの人であるかもしれない。

本によると「船頭可愛や」のヒットによる話が書かれており、当時の作曲家の月給は200円ほどで、当時教員の給与が四十五円から五十五円だったそうだからかなりよい待遇。
しかしそれは印税の前払いということであるからヒットが出ないと大変なのだ

社員と違って作曲家は会社に行くのも毎日ではなく、用事があるときだけだから楽だけれどプレッシャーは相当なものであったでしょう。

木枯さんこと古賀政男とのこと

ドラマの中には古賀政男さんがモデルの「木枯さん」も出てくる。

実際の古賀政男さんは日本コロンビア(ドラマではコロンブス)では、最初は作曲に自信がなく、文芸部社員を希望していたそうですが、結局は作曲家として契約をされたそう。

コロンビアレコードの地下の社員食堂で裕而と古賀は励まし合って作曲活動を続けたそうです。

藤山一郎との出会いなどがこの先描かれるのかと思うと楽しみでなりませんね。

古賀政男さんと言えばギターですが、マンドリンでは昭和4年に大学(明治大学)を卒業後は指導者となり音楽活動を続け6月には明大マンドリン倶楽部の定期演奏会で『影を慕いて』を発表されたそうです。

マンドリンは、8分音符以上の細かいもの以外のほぼすべての音をトレモロで奏するので、歌詞の中にある「振音(トレモロ)寂し」とはマンドリンのことではないでしょうか?

竹久夢二との交流

「福島行進曲」という曲のことはドラマに出てきたのですが「福島小夜曲」(セレナーデ)という歌も書いていて、その詩は竹久夢二の作品である。

その頃はまだ「船頭可愛や」作曲よりも前で無名の作曲家であった古関裕而であるが、福島に滞在していた竹久夢二の展覧会で夢二が即興で書いた「福島夜曲」と題した詩画(絵に詩がついたもの)を見て、深く感動し、詩をノートに書き写して家に戻って曲をつけ、一晩で仕上げた曲を持って夢二の滞在先を訪ねたそうです。

紹介者もなかったそうですが面会の希望を聞き入れ会い、裕而は「福島小夜曲」の楽譜を謹呈。そこでスケッチブックに夢二は絵を書いてお礼がわりに渡したそう。それは福島の吾妻山だった。

有名な画家とまだ無名の作曲家はこの後も交流を続け、妻も紹介。その後も文通での交際は長く続いたそうです。

(レコードはA面が「福島行進曲」B面が「福島小夜曲」)


夢二は「エール」には出てきませんが、もし出てくるとしたらどんな名前になるのでしょうか?

(参考文献 中公新書2569 刑部芳則著「古関裕而」)

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