35年ほど前のことです。
今まで勉強してきたこと(音大卒業まで)だけでは仕事ができないことを痛感した出来事がありました。
自分には実力がない、実はなにもできていないということがわかったのです。
オーディションはいくつか受けましたが、最初に受けた弾き語りの仕事のオーディションの
つらかったけど同時にとてもありがたかった大切な思い出を書きます。
音大を卒業して故郷へ帰ってきたのですが当時は就職することをあまりうるさく言われない時代でした。
落ち着いたらピアノを教えたらよいと思ってましたがすぐには生徒さんも集まらないし何をそうしたらよいのかわからないの。まずはとにかく資金がないと動けないので洋服販売のアルバイトをしていました。
自分では「好きな洋服の関係のアルバイトですごく楽しい」と思っているのに、いろんな知り合いが来ていろいろ言って帰ります。
「音大まで出たのに音楽の仕事をしないの?」「学校に勤めたら?」
なかには「ここで働いていったいいくらもらえるの?わたしは音楽教室の講師をしていて〇円になっているよ」とか!
万引き犯をを捕まえる仕事をしている女の人もたまたま知り合いだったので毎日の開店前にチクリと嫌味を言いにきます・・・・失礼ですねえ・・・
そんなある日、ある方が「ホテルでピアノを弾く仕事があるからオーディションを受けてみては?」と、日時と場所を教えてくれたのでその場所へ向かった。
その当時はアルバイトの傍ら、ピアノについてはショパンやラヴェルの作品などを学生時代から続けて勉強して練習だけは続けていた。そのほかに合唱団の伴奏の仕事も少し。夜なのでアルバイトが終わってからいくことができたので。
ピアノというものはちょっとサボるとすぐに弾けなくなってしまうのです。
それはいつも心の片隅にあり休日はずっとピアノに向かっていました。
クラシックだけではいけないのでもっと一般に広く知られたポピュラー音楽や昔流行った曲などの必要も感じ、楽譜を買って練習していたのです。楽譜通りにきちんと弾くことを心がけていました😁それは大譜表(両手の二段楽譜)で、書いてある通りに一音一音見落とさないように弾いていた。
指定された場所へ行くと、オーディションしてくださる先生と紹介者の娘さんのレッスン中であった。
レッスン時間にも関わらずお二人は私を快く迎え入れてくれた。先生に挨拶の後、何か弾いてみるように言われたが、クラシックを弾くわけにも行かないしその頃に流行っていたポピュラーピアノの曲を弾こうにも、手元に楽譜がないので無理であった。
まず驚くのだが、楽譜がないと弾けないなら何か持っていけばよいのに手ぶらで行った私。
そう、楽譜がないと何も弾けなかったのだ。
情けない話だが、何をするにもまず「楽譜通り」で
今のように自由に、メロディーを覚えていて伴奏をささっとつけて弾くということはしたことがなかった。
そういうことは音大では一切必要とされてなかった。それに自分自身がそうしようと思ったこともないのです。
ただひたすらに先生から与えられた目の前の課題をこなして行っただけだった。
そしてそれで精一杯だった。
なんということだろう!とそこで気がついたがどうにもならない。背中にきっと冷や汗をかいていたと思う。
「それならこの曲を弾いてみて」と先生は一段にメロディーが書かれていてコードネームがついたある有名な曲の楽譜を出して、ピアノで弾くか弾き語りをするようにと言われました。
よく知ってるそのメロディー。でもその曲を弾いたことはなかった。歌ったこともない。
コードネームを前にすると固まってしまう。さっぱり弾けない。今思えばコードを気にせずに自分の思うままに伴奏をつけたらよかったのではないか?と思うのだが。
ゆっくり時間を与えられたらできたかもしれないが
一段の楽譜+コードネームに拒絶反応を示すのだ。
それは私たちの世代の音大出身者の多くがそうではなかったでしょうか?
焦りでますます頭が回らないけれど何もしないわけにはいかないのでとりあえず自分なりに伴奏をつけて弾いてみました。
結果は不合格です。当然ですね。
先生は「じゃあ今度は歌だけ聞いてみようか」と言われる。
楽譜を見れば正しく歌えるけれどなんとも言えない感じ・・・・・
今思い出しても顔から火が出るとはまさにこの時のこと。
歌っている途中からどうしていいのかわからなくなった。
声楽曲を中心に勉強してきたのでこういった曲はあまり歌ったことがなかったのです。
何を歌っても自由なのに、クラシックばかり歌っていた。
「声の出し方がこういう歌を歌うにはふさわしくないね。違う。クラシックではないんだから」
ああ、声楽や合唱で経験してきた声の出し方では曲によってはダメなんだ。とこれまた焦る。
焦れば焦るほど力の抜けた裏声が出てしまう。できない。
「じゃあなんでもいいので、他の曲を歌ってみて。クラシック以外で」と言われてパッと浮かんだのは
学生時代にバンドで演奏していた歌。でも、私はリードヴォーカルではないのできちんと歌ったことはなかった。あやふやな記憶だけど、その場ででてくる歌が他に全くなかったのです。
音楽大学を出ていても、曲を知らなさすぎる、何もできないんだということもそこで気がつき
せっかくの機会を与えてくださった先生に謝りました。時間を作っていただいてるわけですし。
先生はきっとあきれたと思うけど、馬鹿にはせずにその場でご丁寧にこれからどういう勉強をしたら良いか、私のできないことは何なのか、詳しくアドバイスくださったのだ。
今までにもレッスンや試験、コンクールと、心が苦しい経験はたくさんしてきましたがこの日ほど「自分は足らないことだらけなのか」、とがっくりを肩を落として帰った経験はそれまではなかったです。恥ずかしかったです。
そして、「こういう本を使いなさい。とにかくしっかり勉強しなさい」と、今買うべき楽譜も教えてくださり勉強の方法まで教えてくださいました。
その辛い気持ちでいっぱいの心の中に、ほんの少し「いやいや、あきらめたらだめだ。これからだ」という気持ちが湧き出てきて、すぐにその先生が勧めてくださった楽譜を買いに走りました。
当時の私にとってはとても高価な本でしたが、あの時に買いに行かなかったらその勉強はしなかったかもしれない。
その先生は「またできるようになったら来なさい」と言ってくださったのですが、行かないままで・・・
それから先生にはお目にかかることはないのですが、機会があったらお礼を申し上げたいです。
ありがとうございました、と。
追伸*先生とお話しすることができました。