暑さに心身がついていけなかったのですが、
やっと慣れたようです。
食欲も落ちますが、それでも体に必要なものを
これとこれとこれ、と選んで並べて
ゆっくり食べるように。
この食事に大事なのは「塩」です。
塩は黒トリュフ入りのものをゆで卵やサラダに。
しかし
さっきうっかり
塩をぶちまけてしまいました。
現在多くのその黒トリュフ入りのお安くはないお塩のほとんどは
我が家の掃除機(sharkの充電式コードレスの掃除機)の中にいます。
多分この後、可燃ごみの袋に入れられてドナドナです。
ああ、悔しい。
この2日間の体調の悪さ(悪いというか元気が出ない)は
先ほど体操をしていると
ふわっと霧が晴れた感じで
いい感じのコンディションになってきました。
もしかしたら気のせいかもしれない。
でも、その「気のせい」は大事。
音楽だって「イメージ」でかなりいける。
昨日2001年頃のオペレッタの話を書きました。
その頃、小椋佳さんのファミリーミュージカル関係の
合唱指導も数年間担当していました。
最初の公演は青年会議所のサポートがあり
シンフォニーホールで。
「あんず」というミュージカルでした。
あ、ということはこのあんずは2000年の公演だから
その前に最初の最初は岡山芸術祭の「風の中の子どもたち」という
音楽とダンスと劇のステージで、子どもたちを100人指導しました。
そこで出会ったダンスの先生が本当にとてもとてもいい方で
一緒に仕事しているうちにその魅力に引き込まれました。
その先生のご紹介でアルゴミュージカルの話が私のところに
飛び込んできたのでした。
こういう仕事って自分から「私を、私をお願い」と頼むと
逆効果で「現場で見てもらって依頼されるようになる」が理想です。
でもどうかな?私も多少は「私がやります」と
手を挙げることもありました。
それは、とても不思議なんですが
・引き受けた仕事なのにちゃんと来ない
・実はその仕事に達してない実力
なんてこともありまして
「じゃあ、代わりにやります」と
手を挙げたことが多かったです。
私は2000年頃には
「どんな頑張ってもコネと財力がないとダメかな」
「合唱や音楽の現場に対する絶望感」
などを持っていました。
でも、そのダンスの先生(星野和子先生)もですが
やはり高校の恩師の先生方が
何かで「こういう人が必要」という時に
私のことを思い出してくださった、
そして連絡してくださったこと
それがきっかけです。
そういう「口を利く」ということ
に支えられていたと思います。
最初のアルゴの「あんず」公演の合唱オーディションには
子どもたちがとてもたくさん受けにきてくれました。
その中にはまきちゃんぐさんもいたし
その後劇団四季に入った子もいました。
そして、そこの頃の子供だった人たちが
岡山の演劇やミュージカルの現場で
みんなを取りまとめるような
そんな存在になっていて、それも嬉しいですね。
