小学校の時の友人のピアノの先生と洋式トイレとの出会い

小学校の時のことです。三年生だったかな(とっても昔です)

私のまわりの多くの人はピアノが弾けました。みんな結構上手だったと記憶しています。そういう時代でした。
ある日友達が、「ピアノを習いに行くのでついてきて~」と言うので、のこのことついて行きました。
その先生の家は素晴らしかった。当時としてはあの洋風な家は珍しく、あの先生はいったい何者だったのかな?と思いますが、そこで初めて「洋式トイレ」と言うものに出会い、初めて使わせていただきました。
生徒でもないのに本当にずうずうしいですね。
でもその時のこと、印象に残っています。先生は特に嫌な顔もせず、笑顔で迎えてくださいました。そして友人のレッスンを聴かせてもらいましたが、とても楽しかったと記憶しています。

不思議だったのは先生の家にはグランドピアノとアップライトピアノの二台がありましたが
レッスンではアップライトを使用されておりました。そういうのは今はきっと通用しない感覚。

私の先生


小学校三年のころ、当時私が習っていた先生は、私にとって3人目でした。
4歳の頃にはじめて教えてもらった先生のところは、家から結構距離がありましたが、優しい先生で大好きでした。
しかし我が家が引越しをしたため、次は引越し先の家の隣の家に、出張レッスンで来ておられた先生に習いました。その先生が二人目。おじさん先生でした。この先生にはほっぺたをつねられたことがあります。あまりにも練習していかないから(笑)
でも、発表会で歌も歌わせてくださいました。

そのうちに先生が来られなくなったのか、出張レッスンををやめたのかは覚えてないのですが、次のあたらしい先生を探して、川のそばにあるピアノの先生の家に通いはじめました。この先生が3人目の先生です。

この先生は何が素晴らしいかというと、毎回プリントでレッスン後に音符の長さの足し算引き算、簡単な楽典などをしっかり教えてくださったのです。これは今思うとその教室に通っていたみんなは大人になっても楽譜のことがよくわかるように成長していると思います。先生のお名前はおぼえていないですが・・・・・

ある時先生から悲しい話がありました。「これ以上は私はもう教えられないので他の先生を探してください」と言われました。
この先生はすごいと思います。口だけで教えるならまだまだ教え続けるのは可能だったと思いますが、ご自身の指導の範囲をきちんと理解し、次のステップへ進めるように手放してくださったのですね。
実はこれはなかなかできないことだと思います。

そして、また違う先生に。母が先生を探してきました。
その先生ははっきり言って苦手でした。
ヒステリーだったからです(先生御免なさい)。行くのが本当に憂鬱でした。
いろいろなことがあり、私はもう我慢の限界でした。
あんなに禁止されていたのに、発表会の本番でペダルをガンガン使ってめちゃくちゃにして、先生に反逆してしまい、その経過を見ていた母も怒ってしまい、他の先生のところに行くことになりました。本当にお恥ずかしいですわ。大人気ない。あ、子供でしたけど・・・・

音楽の道へ進むことをすすめてくれた先生

次は親戚が探してきてくれた。実は親戚はピアノを教えていて、自分の先生を紹介してくれて、私の旧姓と同じ名字の男の先生に習うことになりました。先生はもうそれはそれはお優しい。そして我慢強い方で、神様のような(神様にはまだ会ったことはないんですがきっとこんな感じでは?と思うほどの)方でこの先生に救われました。
我慢強く、ピアノも歌も楽典も聴音も気長に、そしてみっちり教えてくださったから、いまがあります。
本当に、先生ありがとうございました。

ライバルたちとの噂話 思えば音楽への情熱ギラギラな小学校時代


そして、そのピアノライフとは別に、通っている小学校の合唱団の伴奏をしていた私。
その伴奏者のみんなはライバルであり、友でもありました。

その頃聞いた噂。
その噂が今頃私を助けてくれているのです。
その噂は
「東京芸大に入るためにはベートーヴェンのソナタを何調ででも弾けないと(移調ですね)入れないらしい」
と言う噂です。
この時、「私はまだベートーヴェンのソナタも弾けないんだが・・・・・」と思いましたが、「他の曲でもいいかもな」と思いコツコツとやってたんです。簡単な曲からです。手探りで耳を頼りに。

東京芸大は無理かもしれないのに子供たちは山の頂上を見ているのです。

「噂を信じちゃいけないよ」って歌がありますが、時には信じていいんではないでしょうか?
ピアノの練習の合間に遊び感覚でやってみてください。


鍵盤で遊ぶことが大事

それが「楽譜通りに弾くばかりが音楽ではない」ということにつながります。そしてそれが「音楽で食べていくことができるかどうか」にもつながっていった気がします。


まあ、今は厳しいのですが・・・・・(コロナ禍ではまったくどうにもなりません)

ちらっと見える右端の置物は(楽器を持ってサロンで演奏する人二人の陶器の置物)
小学校の後輩がわたしが高校の音楽科に合格したときに家までお祝いに来て、プレゼントしてくれました。
嬉しかった。まだ大事にしてますよ。40年以上経つね。

この記事を書いた人

吉井 江里

岡山市で活動している吉井江里です♪合唱指揮、ピアノを弾きながらの歌の講座や合唱指導、講演やライブ等の活動中。2015年3月18日完成の映画「見えないから見えたもの」(盲目の教師、竹内昌彦先生の映画)挿入歌「点字のラブレター」や「ワルツ」を作曲。