生演奏の価値。今までも大事に思っていたけれど昨年からは特に感じています。
最後にライブに行ったのは昨年の2月。お寺で行われた韓国のアーティストのライブ。
彼女はギター。チェロの女性と二人でのライブでそのチェロの方が最後はピアノを弾いて、みんなで声を出して知らないけどその場で歌えるフレーズをおぼえて声を合わせて歌って。一緒に行った家族は彼女の本にサインをしてもらったのでその間お寺さんの外に出て、その明るい内部をぼんやりと眺めていて、余韻に浸っていた。彼女の歌は語りで、もちろん歌詞は韓国語でそれを日本語で投影してくれているので、意味がわかってとてもよい試みだなあ、と見ながら聞いた。

それからなんかわからないけれどひたひたと迫ってくる言葉と報道。ライブでの感染、三密、休校、自粛、緊急事態宣言、クラスター、飛沫、マスクの不足、ステイホーム、パンデミック、歌えない、合唱は悪、イベントは悪、、、、、、

ライブはそれきり行ってない。コンサートにはいくつか行ったけれど今はまた開催が難しくなりつつある。物心ついた時からコンサートへ行くのは日常的であったからすごく寂しい感じがする。

太鼓は施設に差し上げたのですがカホンは残しています


みんなで歌うのは無理でも「ピアノが聴きたい」と言ってくださる方からのお手紙、メールが多くて
昨年の初夏に状況が許すときが来た時とにかく「静かに黙って」ピアノを聴いていただける機会を数度持った。その時の人数制限で多くはないけれどみんなで集まった時の感覚を覚えている。感動だった。

若い時はコンサートに伴奏で出演することが多かった、時にはソロを。
それからホテルの宴会場などで行われるパーティーや式典などでピアノを担当することが多かったです。
そのときのレパートリーも持ち出して、練習。
弾けなくなっている曲が多いのでちょっとずつ分解練習を。それからやっぱり昔からやっている自分なりのトレーニングは続けるのと、新しいもの、難しいものにもチャレンジしないと崩れ落ちるように力が減っていく。

分解練習などをするときにはメトロノームを使うことが多いです。ゆっくり弾こう、と思ってもすぐに途中で元に戻ってしまったりするのと、やっぱりいつのまにかテンポが乱れているので私はメトロノームを使ってニュートラルな感じに戻してみたりします。

メトロノームも最初はこんな感じでした。もちろんわたしはこれも使っていますよ。大きいのでしっかり見なくても視界に入るので。電池もいらないです。ねじ巻き式ですからね。

最近ではこういったかたちのものを使用しています。音も消せるので、人前で弾く時などにもテンポを確かめたり

きちっとした速さで弾いたり指揮する必要があるときは参考にします。その音をイヤホンで聴くこともできるのでそうやって使うことも。
最近はアプリでもメトロノームはありますから便利だなーーと驚いています。小学生だった頃にこんなに便利なスマホがあったらどうだっただろう?何せカセットテープで生録音できることに歓喜の声をあげた世代ですから。でもちょっとなんでも簡単に出来すぎたら、、、、、と考えると、あれでよかったのかな?とも思う。

おまけ
うちの猫のおやつのかつおぶしですが、パッケージがほぼ人間の食べるかつおぶしのようで間違えそう。見た目も香りも同じような感じなのですが、味はどうなのかな・・・美味しそうですけど。
最近は「減塩」のものを多く与えています。私と同じでそれなりの年齢になっているので気をつけないと。

猫かつお
なんとなく食べられそうな感じ・・・・・

この記事を書いた人

吉井 江里

岡山市で活動している吉井江里です♪合唱指揮、ピアノを弾きながらの歌の講座や合唱指導、講演やライブ等の活動中。2015年3月18日完成の映画「見えないから見えたもの」(盲目の教師、竹内昌彦先生の映画)挿入歌「点字のラブレター」や「ワルツ」を作曲。