【音楽コラム】歌に寄せて 2

「かあさんの歌」を歌って

「わたしは『かあさんの歌』が好き。お母さんが手袋を編んでくれたのを思い出す」

と、ある方が懐かしそうに話してくれた。

「かあさんの歌」は日本の歌百選(文化庁と日本PTA全国協議会が「親子で長く歌い継いでほしい童謡唱歌、歌謡曲などの愛唱歌101曲を選んだもの)に選ばれている曲。
作詞作曲は窪田聡。うたごえ運動で全国に広まり、舞台でも歌われたり、ダークダックスやペギー葉山に歌われ、大ヒット。NHK「みんなの歌」にも取り上げられた歌。
寒い時期になると歌いたくなる。

私の母は手袋は一度も編まなかったが、セーターやカーディガンをよく編み私に着せた。
自分自身も編んだものを身につけていた。飽きたらほどいてまた新しく編み直しもできるので違う色の糸と配色を考えてまた新しいセーターを編んだり、小物入れになったり、最後には何かのカバーになっていたり、と昭和の時代は非常に大切に毛糸を扱っていたと思う。

毛糸は買ってきた時には毛糸の玉にはなっていなくて、輪っかに束ねられているようなスタイルであった。

その毛糸の束の輪を私が両腕で支え、そこから毛糸を手繰り寄せて丸い毛糸玉に母がくるくると巻く。

あるいはその反対に母が腕で支えて私がくるくると毛糸を巻いていくこともあった。

毛糸からどんどん色々なものが、身につけるものが出来上がっていく様子を見るのがとても楽しみであった。

かぎ針での作品作り。当然だが自分もやってみたくなり、教えてもらう。

小物から編んでいき、高校生の頃には大きなものにチャレンジ。

出来上がったセーターなどはぬくぬくとして、冬はとても暖かく過ごせた。

体が大きくなってきて身につけるにはもう小さいな、と感じたらツルツルと母と一緒にほどいて、それをスチームアイロンの下をくぐらせてちりちりしたのをまっすぐにしてまたくるくると新しい毛糸玉を作る。そしてその毛糸からまた新しいものが編まれる。

小学校の時の友達の家では冬はおばあちゃんがお布団を仕立てていた。

真ん中の部屋には火鉢が置いてあり、縁側があり、おトイレは外にある。

玄関は土間でとても広く、部屋に上がるのにはかなり足を高く上げて体を持ち上げないといけない。

「かあさんの歌」一曲で、こんなにたくさんの思い出が一瞬のうちに蘇る。

幼い頃の歌の思い出、ラジオと生活と

小学生の頃、一人ずつ歌ったときの思い出を話してくれた人もいる。

ある方は「たなばたさま」を歌って先生に褒められたことをよく覚えているそう。

褒められると誰でも嬉しい。いい思い出になる。

戦後、ラジオから流れる歌を一生懸命覚えた、その時間が楽しみだったという方もとても多く、ラジオが大切な娯楽でもあった。
放送の時間になると銭湯が空になったと言われる「君の名は」
古関裕而作曲の「とんがり帽子」が主題歌の「鐘の鳴る丘」などは主題歌とともに戦後早々の時期を代表する国民的ヒット番組となった。放送は1947年(昭和22年)7月から1950年(昭和25年)12月まで。

その「音」に、「音楽」に耳をしっかり傾け、貪欲に音楽を求める時代に覚えた曲は何十年経っても耳にも心にも残っている様子である。

私たちの世代はテレビっ子でもあるがラジオリスナーとしても深夜の放送を熱心に聴きながら勉強したのだが、勉強をするから起きていてラジオを聴くのではなく、ラジオを聴くために起きていて勉強はその次だったように思う・・・・なんてことも多かった。そんな毎日だった方も多いのではないですか?

「歌」とそれぞれの「思い出」

そんなことを楽しく話せる、気にせず話せて笑える日を待っています。

コラム「歌に寄せて」1

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