午前、午後と今年最後のレッスン。山陽新聞社のカルチャーの教室の窓からはさん太ホール前の中庭がよく見えます。来るたびに木々の様子や風の吹き方で雰囲気が違います。葉っぱの色や散り落ちた様子で大きな木ですからその景色の色合いが変わってきて、ああ、寒そうな感じが今は増しています。山陽新聞本社の教室は土曜の他に水曜もありますが、かつてないほどの人数になり(苦笑)、広々としている中で少し安心しています。皮肉なものです。でも、今は焦ってもしょうがないと思って、今来てくれている方に今できることを提供するほかはない。個人レッスンも細々と行なっています。家のレッスン室は空気清浄機やビニールなどでの仕切り、換気など今まで考えたこともないような感じです。年末年始はちょっとライブ配信などをしたいので少し工夫を。 
クラシックの、特に日本の「歌曲」には本当に素晴らしいものが多くあり、それは個人レッスンでは生徒さんと一緒に勉強をすることができますが、普通の講座ではあまりご紹介できていないのでわかりやすい本当に心からお伝えしたいと思う歌曲から少しずつ、と考えていたりします。歌曲の伴奏を若い頃は職業としていて、「その一つの音の出し方」をどうするか、歌詞についての考察、その他演奏に向けて準備を重ねてた日々を懐かしく思います。伴奏合わせや先生のレッスンを歌手と一緒に受けることで、多くのことを学びました。その頃にある演奏会があって、その打ち上げの後の二次会で演奏会にお客様としてこられていたO先生やその他の音楽家の方達と明るくなるまで飲んだ日の思い出が懐かしいです。飲まない歌い手さんが家の近くまで送ってくださり(車で)舗装されていない道を足を引きずって歩いた道の感触を思い出します。あの頃は携帯電話もないので、夜に「今日は遅くなるかも」と親に公衆電話から電話して、明け方にそ〜っと鍵を開けて忍足で家に入り、真っ直ぐ自室へ。これまた若い頃にはそういうことも何度かあったので懐かしいことです。その時にご一緒したO先生が亡くなられていたことを最近知り、すごくショックだった。しかし、あの楽しい夜に力一杯お酒を飲んで音楽談義を朝まで続けたあの時間というものも、今の自分を支えてくれている大事な経験で、そういう少しずつの経験の積み重ねでなんとか生きてきたような気もします。もちろんそこには家族との思い出もありますね。 寝る前になって神田沙也加さんに起こったことを知り、悲しい気持ちでなかなか眠れませんでした。何が本当か何が起こったかわかりませんが心に受けた衝撃は大きいです。改行や行間を開けてなくて読みづらいと思いますが、間に広告が入らないように、とも考えて書いているのでごめんなさい。次は工夫してもうちょっと読みやすくしますね。

この記事を書いた人

吉井 江里

岡山市で活動している吉井江里です♪合唱指揮、ピアノを弾きながらの歌の講座や合唱指導、講演やライブ等の活動中。2015年3月18日完成の映画「見えないから見えたもの」(盲目の教師、竹内昌彦先生の映画)挿入歌「点字のラブレター」や「ワルツ」を作曲。